「『孤独のグルメ』の音楽はJASRACフリー、どうぞみんなで使ってください」 誰でも演奏でき、誰でも聞ける、それが音楽の喜びじゃないか?

http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20120531/232774/?rt=nocnt

久住:JASRACに登録することにどういう意味があるのか、実はずっと考えていたので、これはいい機会なんじゃないかと。考えていた、というのは、まず、自分自身が自分の楽曲を演奏したり録音するのにも、申請や料金が発生する仕組みがよく理解できない。

久住:でもこれはあくまで自分たちで直接売った場合で、アマゾンで売ると、約5割、アマゾンに取られることになるそうで、これは今回初めて知ったんだけど、驚きましたね。そんなに? って。まあ、それだけの巨大なシステムですからね。

久住:でももう、そういう時代ではない。ということです。音楽のよりいろいろな在り方が試されている時代ではないでしょうか。個々の音楽家も自分の立ち位置を問われているような。

久住:僕は音楽の大きな喜びのひとつは「共有」にあると思っています。

久住:やっぱりみんな、なんとなくでも今の状況が、よくわかんないけど変だな、息苦しいな、と思っていたんじゃないかな。

昔、マーティ・フリードマンさんに「音楽が売れなくなったというけれど、それは、ある一時期、売れすぎていただけなのでは」と言われたことがあります。

久住:長い目で見れば、音楽の大前提は「共有」で、ほんの一時(いっとき)、「レコード」「CD」という物体と「著作権」の組み合わせですごく儲かる時代があった。音楽がメディアの形を失うことで、レコード以前に戻るんじゃないかな。印税っていうけれど、形がないものには印は押せないよですね。